涙 ・・・ちょっと昔の話だけど…



思い出していた…。

私が泣けなくなったのは、10年ほど前のこと。

それは、私がちょうどこの世界に辿りついた瞬間だった。



この世界。

つまり、Sという性があるのだと知ったとき。

私は泣いた。



けれど。あと数週間早く、そのきっかけに出会えていたら…。

私は泣いてはいなかっただろうと思う。



その後3ヶ月間、まったく眠れない日々が続いた。

文字どおり一睡もできず、泣いて、もがいて、食べたものを吐き散らし、仕事も当然できない状況だった。

SMであれ、結婚であれ、肉体の形状が女に生まれた私は、「されるしかない」ものだと、それまでは思いこんでいた。

肉体の形状が女だからその道しかないのだと。

この世界を知らなかったから。



知るきっかけもなかったから。

SM雑誌を目にすることはあっても、縛られ、泣かされているのは、女性ばかり。



SMも私の中では、あり得ない世界だった。



本当ならば。

自分の性を見つけ、居場所を見つけられたのだから、

やっと安住の地にたどり着いた…と、こころが安らぐものだろうけれど。

それまでは、あがきにあがき、もがき、苦しみ、心を病んだ時期もあったから。

私は一体何者なんだろう?

と。



けれど…

やっと辿りついたこの世界にも、幸せなどあり得ないと感じ、

泣いた。

この理由を話したことは今までない。

数年前、やっと信じられる友に話すことができた。

誰にも言えない、私の苦しみ。私の傷。



それでも。

ここしかないから…。ここにしか、私の居場所はないから。

欠かせないものだから…。

絶壁にしがみつく思いで、今までなんとか生きてきた。

強がって。心の底を誰にも見せず。



だが。私は変わろう…。

誰にでもすべて話せることではないけれど……

私が愛する者だけに…。心を開ける相手だけには、私を分って欲しい。

そう思えるようになった。



私の近くにいて話を聞いてくれた友に心からの感謝を…



たった数週間、あと数週間早くこの世界を知っていれば…。

私は心を開き、もっと素直に涙も流せる人間でい続けられたのではないかと思う。

ずっと苦しみから逃れられていないから。自分の中で消化できずにいるままだったから、逃避していたのだろう。

話してしまえば、楽な場所に逃げこんでしまえば楽になれることなのに。

そうしようとしなかった。



できなかった私の弱さがあった。

けれど。それほど私にとっては、大きなことだったから。

決して逃げられないほど大きな傷だと感じ続けていたから。

くどいようだけれど。私はSという性を持つ人間。

そのために、苦しみ、もがき、傷を負った。

涙が流せなくなるほど。

心を閉ざし、感情を殺して、この10年間、じぶんの苦しみと対峙しようともせず、生きてきた。



『生きてきた……?』



私はこの10年、生きていたといえるんだろうか?と疑問に思った。

酷い性に生まれたものだ…。狂って死んでしまえたらとさえ思った。



昔を消し去ることはできない。

が、今からでも、じぶんのアイデンティティを作るのも遅すぎることでは、決してないと思う。

たった10秒という時間。

たった数週間という時間。

ううん。

ほんの一瞬という時間。



30年ちかく、私は私に気づけずにいた。

そして。

10年も私は、苦痛から逃げようとしていた。

10年たった今でもまだ、逃げたい気持ちの方が強い。

時間という皮肉なもの…。

心と体の薬になるもの…。



時間を、大切に生きよう…。



2005年・8月 記す





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